オフィーチェ

新しいワークスタイルを発信する【オフィーチェ】

三井デザインテック
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Future Articles

vol.20

プロフェッショナルがリビングに集う。
そこから時代を拓く創造が生まれる。

2024年に創立50周年を迎えた三井ホームは、次の50年を見据え
三井ホームグループ5社を1つのオフィスに集約することを決めた。
各社の連携をもっと深め、これまで以上のクリエイティビティを発揮するために
新オフィスはどうあるべきか。
プロジェクトチームが導き出した答えは「リビング イン アクセス」。
家づくり、街づくりのプロフェッショナルがコミュニケーションを深め
ディスカッションし、新時代を創造する場所
皆が気持ちよく集える“リビング”こそが必要だった。

様々な手法で木をふんだんに使用し、MOCXの世界感が表現された来客受付

地球環境の変化が問題となる今「木の建物」が見直されている。先進技術でつくられる木造建築は環境負荷が少なく、人々の健康にも寄り添うことができるからだ。住宅にとどまらず病院、学校、商業施設まで木造建築において業界屈指の実績をもつ三井ホームグループは2024年、培ってきた木造建築技術を総称したブランド「MOCX(モクス)」を立ち上げ、これからの脱炭素社会に向けてあらゆる建物の木造化に挑戦し、地球の未来に大きく貢献していく方針を示した。グループとしての方針が明確に打ち出されるなか、取り組むべき課題が浮かび上がる。グループ5社※のコミュニケーションと新時代の働き方だ。

三井デザインテックで営業を担当する鈴木達也氏は、新木場オフィスにグループ5社を集約することになった経緯を振り返る。
「もともとはオフィスの改装を手がけるだけの予定でした。しかし話を進めていくうちに、グループ5社の繋がりをもっと強めたいという池田社長の想いが高まり、グループ全体で約800人規模の社員を集約できる場所を探すことになったのです」

新木場センタービルの3フロアを三井ホームグループの新しい拠点にすることが決まると、いよいよ「本社移転プロジェクト」が動き出す。三井デザインテック内にチームが作られ、プロジェクトを成功させるためには何が必要か、何度も話し合いが行われた。

「移転といっても各グループを1つの場所に集めるだけでは意味がありません。池田社長からも各社の繋がりが強まるように工夫してほしいとご要望がありました。また移転を機に、ABWなど新しい時代の働き方を具現化できる空間デザインを示すことも必要でした(営業・鈴木氏)」

三井ホームグループが今後目指す姿・新たな働き方を明文化していくことに関しては、コンサルティング担当の木村保之氏が役割を担った。
「2024年は三井ホームの創立50周年の年に当たります。そしてこのプロジェクトは三井ホームグループのこれからの50年を方向づけるものとして、グループ各社の集約を経てグループ連携の効果の最大化を目指していきたい、という事務局の皆様の並々ならぬ想いをうかがいました。その具現化のために、池田社長や役員の皆様とのディスカッションや、多くの社員の方々にご参加いただき現状の課題や新たな働き方を考えるワークショップを行いました。皆さまの想いから感じたのは、三井ホームグループの目指す姿をより具体的に浸透していく必要があること、そしてその実現に向けて様々な垣根を超えていきたいという皆さまの気持ちです」

本社移転プロジェクト」のコンセプトは「MOCXCOM(モクスコム)」。
三井ホームグループが打ち出している木造技術や事業の可能性を拡大するためのキーワードである(MOCX)の実現に向けて、新オフィスがその羅針盤(COMPASS)となることをイメージしている。次の50年に向けて、既存領域にとらわれず変化するために、個人の力・グループの力が既存領域を超えて重なり合うことを目指した。チームが話し合いを重ね、生み出した言葉である。

コンサルタントの木村氏と並走しながら空間を設計していったのは木村肇氏だ。「プロジェクトの方向性はコンサルタントの木村が導いてくれました。私はそこから新オフィスで実現したいことを整理していきました。ただスペースや予算の関係で要望のすべてを叶えられるわけではありませんし、また、すべての要望を盛り込めばいいというわけでもありません。最初に決めたコンセプトや概念に常に立ち戻り、本当に目指すべき空間のイメージを何度も共有し直すことが大切でした」

9階の社名サイン壁裏は、階段状の席を用いたシアター形式でのプレゼンが可能なセミナースペースになっている。
海に近い新木場オフィスらしく、Sea Sideをイメージしたアクセント壁が映える11階のGROUP LIVING。
業務の合間にリフレッシュができる10階のミニブレストスペース。卓球台ネットには「MOCXCOM」の文字が見える。
本物の木の丸太をサインとして使用したロッカーコーナー。オフィス空間のあちこちに木のあしらいが施されている。

そして空間デザインの概念として用いられたのが「リビング イン アクセス」という考え方だ。グループ5社の執務エリアをルーム(ROOM)、共有エリアをリビング(LIVING)と捉え、各社のルーム(執務エリア)はリビング(共有エリア)を通ることでアクセスを可能とした。グループ5社の連携・交流の機会を増大させる配置である。デザイン担当の佐野翠氏は、グループ5社の交流を日常的に生み出す人の流れを何よりも大切にしたと語る。
「営業、コンサル、設計担当者からのバトンを受け取る形で、私たちデザイナーがプロジェクトに入りました。ただデザイン作業に入る前からチーム全員でミーティングを重ね、三井ホームグループの想いを反映させ課題を解決する新オフィスはどうあるべきかということをチーム全員で話し合ってきました。その中で導き出した答えは、リビング イン アクセス。家づくり、街づくりに関する高い知見を持つプロフェッショナルがそれぞれのルーム(執務エリア)を出てリビング(共有エリア)に集まり、コミュニケーションを深め、ディスカッションしながら、未来を創造していく。そんなオフィスにしたいと思いました」

「リビング イン アクセス」の考え方は、三井ホームグループが目指す新オフィスのあり方・働き方そのものだった。そしてプロジェクトのコンセプトである「MOCXCOM」を表現するために木材を各所に配置し、明るく気持ちの良いリビング(共有エリア)をデザインした。対してグループ5社のルーム(執務エリア)は、各社の業務内容や個性を大切に空間をデザイン。デザイナーの瀬尾翔氏が丁寧に要望を汲み取って、特色のあるルーム(執務エリア)に仕上げていった。
「リビングはみんなが気持ちのいい空間であるべきですが、だからこそルームはよりパーソナルな空間にしたいと思いました。住宅における部屋作りと同様に考え、各社の要望を反映させながらも、ブランドコンセプトである『MOCXCOM』から逸脱することのないようにルーム(執務エリア)のデザインを工夫しました。木材を使用したデザインだけでなく、地中に広がる木の根をイメージした仄暗い空間をデザインするなど、さまざまな角度から木の魅力を表現していきました」

リビング(共有エリア)とルーム(執務エリア)、それぞれ細部にまでこだわったデザインが施されているが、新木場オフィスのもっとも特筆すべき空間デザインはエントランスである。受付デスクの背後に広がるリビング(共有エリア)には木目調の材を大胆に組み合わせたスケルトン天井が広がり、「MOCX」を掲げる三井ホームグループの想いを象徴する空間となっている。訪れた人は皆、明るく気持ちの良いエントランスに圧倒されると思うが、受付デスクと共有エリアの間はセキュリティを配慮し、実はガラスで仕切られているのだ。ガラスの壁と床との境界線を見えにくくするなどの工夫を凝らし、ガラスの仕切りを感じさせないデザインとなっている。

「通常、社名サインは受付デスクの真後ろに配置します。しかし今回はガラス壁の奥、つまり天井に木が連なるリビング(共有スペース)の中心にあえて社名サインを配置しました。木の中心に社名サインを置くことで、“三井ホームグループが新たな木の世界を作っていく”という強いメッセージ性を持たせました(デザイン・佐野氏)」
「エントランスに自由でクリエイティブな共有エリアが広がっていることは、三井ホームグループの新しい働き方のアピールにもなります。こんな柔軟な働き方をしている企業なのかと、訪れた人は一目で理解するでしょう(設計・木村氏)」

新オフィスのコンセプトやデザインの概念が決まり、働き方に関するワークショップも重ねられていくと、三井ホームグループの中に新オフィスへの期待が徐々に高まっていく。三井ホームグループの技術者、デザイナー、商品開発担当者などと一緒にデザイン分科会を開催し、三井ホームグループならではの素材や意匠を新オフィスの空間に加えていくことが決まった。
「三井ホームグループと三井デザインテックのコラボレーションです。三井ホームグループが持つ高級感と技術や素材へのこだわりを新オフィスのデザインの中に落とし込んでいきました(デザイン・佐野氏)」

2024年2月、営業、コンサルティング、設計、デザインと最高のチームワークで進めてきたプロジェクトチームに最後のピースが加わる。工事担当の山本佑輔氏だ。工事の完了予定は5月。各所に散らばった三井ホームグループ5社の引っ越しと800人規模の移動を考えると、約3ヶ月間の工期は通常では考えられない短さだった。それでも管理体制を工夫したり工程の順番を組み変えたり、工期短縮のためにやれることはすべて試した。
「工事に入る前に行った施工会社向けの説明会では、工期の短さに厳しい意見も出ました。しかし工事のプロとして、決められたスケジュール通りに仕上げたいという気持ちがありました。今回は通常の3倍近い約60社の施工会社が工事に参加したのでやりとりが大変でしたが、工事側からの相談に対するチームからの判断も、三井ホームグループからの回答も早かったので途中で滞ることなく工事を進めることができ、とても助かりました」

プロジェクトの規模からするとかなりタイトなスケジュールではあったが、結果的にはマスタースケジュール通りに進めることができた。その理由はチームワーク。三井デザインテックではプロジェクトごとにチーム構成が変わるが、このプロジェクトに集まったメンバーには、自分たちの役割・領域を超えてお互いを支え合い連携しようとする意識がとても高かった。そしてこの最高のチームワークは三井ホームグループにも伝播した。三井デザインテックと三井ホームグループが一体となって、目指すべきオフィスと働き方を共に創造していくことができた。サステナブルな社会の羅針盤として木造の可能性を追求する三井ホームグループの新しい50年は、このオフィスから始まっていくのだ。

※新木場センタービルに本社移転した三井ホームグループ5社(三井ホーム、三井ホームリンケージ、三井ホームエンジニアリング、三井ホームエステート、三井ホームデザイン研究所) 三井ホームグループ5社の名称は2024年6月時点のもの

10階のセミナースペースには、特徴ある5種類のサステナブル天板を用いたワークテーブルをデザインした。
他エリアとトーンを切替えて集中できる環境を整備した11階のSilent Room。木の根が広がる地中をイメージしたデザインだ。
カフェを中心にグループ内でのコミュニケーションが活発に行われるようにデザインした10階の CENTER LIVING。
左から
【コンサルティング】
スペースデザイン事業本部ワークスタイルデザイン室
コンサルティング第2グループ
木村 保之

【設計】
クリエイティブデザインセンター
ワークプレイスデザイングループ
木村 肇

【営業・PM】
スペースデザイン事業本部
オフィスデザイン事業2部 新宿営業グループ
鈴木 達也

【デザイン】
クリエイティブデザインセンター デザイン第6グループ
佐野 翠、瀬尾 翔

【工事】
スペースデザイン事業本部
オフィスデザイン事業2部 新宿工事グループ
山本 佑輔



interviewer&text / Yasuko Hoashi
photo(竣工写真) / Nacása & Partners Inc.
        (インタビュー写真) / Teruyuki Yoshimura

New Relationships

vol.20

世界の最新情報からオフィス・トレンドを探る

働き方と働く場所を経営学の視点から研究する第一人者
東京大学 稲水伸行准教授インタビュー

オフィスに必要なのは曖昧さ。企業が示すべきは自律性の尊重と見通しの提示。

武部雅仁氏(三井デザインテック/以下武部): コロナ禍を経て、出社とテレワークを組み合わせるハイブリッドワークという働き方が多くの企業の中に定着してきました。現状をどう見ていますか?

稲水伸行氏(東京大学准教授/以下稲水): とあるデータを分析したところ、コロナ以前にテレワークを導入していなかった企業では、コロナ禍を経た今、ほとんどのワーカーが会社に出社するようになっています。逆に、2010年代から始まった働き方改革の流れでコロナ以前からテレワークを導入してきた企業では、現在も引き続き、ハイブリッドワークを行なっている傾向があります。コロナ禍以前から働き方改革に取り組んでいたかどうかは、企業におけるハイブリッドワークの定着に影響を与えているようです。

武部: ハイブリッドワークがさらに浸透していくことで、ワーカーのクリエイティビティにどのような影響があると思いますか?

稲水: 「出社型」「在宅勤務型(出社・在宅)」「ハイブリッド型(出社・在宅・シェアオフィス)」のそれぞれのパターンで働くワーカーに、仕事に関してどのような違いがあるかを調査したことがあります。すると、働く場所が多様なハイブリッド型のワーカーに最も良い影響が出ていることがわかりました。ただし、クリエイティビティとの関連を考える上では、ワーカー自身が働き方を選択できる環境にあるのかにも着目するべきです。ワーカーが自律的に働き方を選べるということは、自分の仕事をコントロールしているということでもあり、その自律性こそがクリエイティビティを高めているように思います。またこのような環境は企業がワーカーの働き方を支援しているということでもあり、その企業姿勢がワーカーに伝わることで、「この会社のために頑張ろう!」という思いが生まれます。ワーカーが働き方と場所を自律的に選択できることが大切であり、どちらかを企業が強制しても、決して良い結果とはならないでしょう。

武部: 一方で、ワーカーは会社に来ることでワーカー同士、または上司とのリアルなコミュニケーションを深めることができます。これはテレワークでは得られないメリットです。

稲水: ワーカーの意識調査の変化を見ると、企業が掲げるミッションやビジョン、企業アイデンティティへの意識がワーカーの中で希薄になっていることがわかりました。出社することが少なくなったことで、社内コミュニケーションが低下したことが原因と考えられます。企業がこれからもハイブリッドワークを継続していきたいと思うなら、社内コミュニケーション、チームワークを構築する「Teaming /チーミング」に今まで以上に力を入れていくことが大切になるでしょう。
そして、コミュニケーションにはメリハリが必要です。 仕事に関する会話をするフォーマルコミュニケーションだけでなく、仕事以外の雑談を楽しむインフォーマルコミュニケーションも、時には大切なのです。会議前や会議後の何気ない雑談の中からアイデアが生まれることが多いことはよく知られています。しかしWEB会議では雑談はしにくいものです。ハイブリッドワークが浸透していく中でワーカー同士のインフォーマルコミュニケーションの場をどう作るべきか、これからの企業には課題となるでしょう。

武部: フォーマルとインフォーマル、仕事と仕事以外の境界線をあえて明確にしない柔軟性を持つことは、企業にとってもワーカーにとっても大切なのかもしれないですね。

稲水: 働き方を考える際、これまではワークライフバランスが大事だと言われてきました。ワークとライフと明確に分けることが大切だという考え方です。しかし最近では、ワークとライフをあえて曖昧にすることに注目が集まっています。ある企業では、オフィスの中に用途を決めないスペースを作りました。どう使うかはワーカー次第。その曖昧さにワーカーが刺激されて、仕事でも仕事以外でも、さまざま用途でそのスペースを活用しているそうです。まさに曖昧さがクリエイティビティを刺激した好例です。これからのオフィスは“曖昧さ”をキーワードに、働き方も働く場所もワーカーの伸び代を残すような設計をすると良いかもしれません。

武部: 今後、企業はどのようにワーカーと関係性を築いていくことが重要だと思いますか?

稲水: 企業はワーカーに“見通し”を持たせることが大切です。パーパスにつながる見通しは、ワーカーのやりがいにつながります。特に若い世代に対しては、この会社で働くことで、10年後の自分に期待がもてるような感覚を与えることがこれまで以上に大事でしょう。コロナ禍以降、新しい働き方を取り入れオフィス移転を検討する企業も増えました。働き方と働く場所を変えるのであれば、企業のビジョンやミッションをさらに深めたり、あるいは思い切って変更することも必要です。企業が掲げるメッセージとオフィスのあり方がワーカーの新しい働き方と整合性が取れていなければ、ワーカーの気持ちは離れてしまうでしょう。ハイブリッドワークが定着し多様な働き方が当たり前となりつつある今、自律性を尊重しながらもワーカーに見通しを与え、引っ張っていく、そんな企業の姿勢が求められているのです。

東京大学大学院経
済学研究科 准教授
稲水伸行

2003年東京大学経済学部卒業。2016年より現職。専門は経営科学、組織行動論。近年は特に働く環境や人事施策が、ワーカーのクリエイティビティにどう影響するのかを研究。主な著書に『流動化する組織の意思決定』
(東京大学出版会)。


interview / Masahito Takebe(Mitsui Designtec)
text / Yasuko Hoashi
photo / Teruyuki Yoshimura

Offistyle+

vol.20

実業家・黒﨑輝男に聞く

遊ぶように働き、
働きながら遊ぶから生まれる
新たな世界

ワークスタイルが多様化し、私たちは時間や場所を限定されない働き方を手に入れつつある。選択肢が広がるからこそ、自分はどこでどう働くのか、という本質的な問いに直面している人もいるだろう。そこで今回は、IDEE創始者であり、IID 世田谷ものづくり学校や自由大学、MIDORI.soなどを手掛けてきた黒﨑輝男さんに「これからの働き方」について話を聞いた。

「僕は普請道楽」と話す黒﨑氏。空間を作るときは、まず最初に家具を置くという。そこに置く家具やアートも自分で選びます。それが楽しいんですよ」と語った。

未来の働き方を実践する場

 永田町駅に近いビル群の一画で、その建物は異彩を放っていた。生命力溢れる植栽に囲まれ、1階にはショップやカフェが並ぶ。ビルの世界観を表すようなエレベーターホールから5階に上がると、黒﨑輝男はラウンジに集う人々と談笑していた。
 ここはMIDORI.so NAGATACHO。さまざまな人がそれぞれのスタイルで働く場であり、ワーキングコミュニティだ。黒﨑氏はMIDORI.soの取締役を務めている。
 MIDORI.so誕生のきっかけは、「IID 世田谷ものづくり学校」内に黒﨑氏が創設したスクーリング・パッドにあるという。スクーリング・パッドはデザインや農業、映画、飲食をテーマにした大人の学校のこと。黒﨑氏は、そこに通っていた小柴美保氏らとインデペンデントシンクタンクMIRAI-INSTITUTEを2012年に立ち上げた。
「その頃アメリカでは、若者がインデペンデントシンクタンクに“未来はどうなるか”を聞いて、新しいことをやるのが流行っていたんですね。僕らも働き方の未来を考えようとMIRAI-INSTITUTEを作り、さらに中目黒の廃墟みたいなビルを借りてシェアオフィスを始めたのです。それが、MIDORI.so NAKAMEGUROです」

本当に安心な働き方とは?

 MIDORI.soは単なるシェアオフィスではなく、さまざまな業種、国籍、趣味、考えの持つ人が集まり、ともに働きながら働き方を追求する実践の場だ。中目黒から始まったMIDORI.soはこの永田町のほか、馬喰横山や渋谷と拠点増やしている。
 「MIDORI.soではクリエイターをはじめ、大企業に勤めながら週末に好きな仕事をしている人、政治家を目指している人など、さまざまな人がそれぞれのスタイルで仕事をしています。いきなり会社を辞めるのはリスクが大きいので、会社で働きながら週末はここで好きなことをやって、膨らませていく。そうやって、会社と副業を五分五分にしたり、複数の会社から収入を得るようにする。その方が、一つの会社に依存するより安心なんじゃないかなあ。企業はいきなり何千人もの人を解雇することがあるでしょ?僕もこれまで家具、アート、ファッション、農業と、まったく違う分野のことをやってきました。自分なりにいろいろなものを会得するうちに、やりたいこと、やっていることが“膨らんで”いくんです」
 未来の働き方を実践する場であるMIDORI.so。その空間を形作った黒﨑氏自身はどんな道を歩んできたのだろうか。
「そもそも僕は一度も会社勤めをしたことがないんです。骨董通りで骨董屋を始めて、その隣に来たのがコム・デ・ギャルソンの川久保怜さん。川久保さんに『今度パリでファッションショーやるから手伝ってよ』と言われてファッションショーのお手伝いをしたり、骨董屋で家具を扱っていたこともあってIDEEを始めたり、本を出したりもしてきました」

エンゲージメントスペースのグリーンの壁にはロナン・ブルレックのリトグラフシリーズを合わせている。人と人が集い、語り合うことで何かが始まる。そんな予感がする空間だ。

遊ぶように働き、働きながら遊ぶ 

 人との出会いと、自らの好奇心と感性に導かれ、活躍の場を広げてきた黒﨑氏。そんな彼は自らの働き方についてこう語る。
「僕の働き方は“遊ぶように働き、働きながら遊ぶ”。“働く”と“遊ぶ”の差があまりないんです。日本人は勉強していい大学に入って、いい会社に入って、言われた業務をやるのが労働でありお金をもらうことだと思っている人が多いでしょう。すると、自己矛盾が起きてしまう。労働と遊びがここまできっちり分かれているのは日本くらいなんじゃないかな」 しかし、歴史を振り返ると、日本人の働き方はもっと豊かでクリエイティビティを発揮するものだったという。「百姓という言葉があるでしょう。あれは百の仕事をするという意味なんですね。お米も野菜も作るし、麦わら細工も、大工仕事もやる。今の日本人も、どこからが仕事でどこまでが遊びかわからないような、働くのが楽しいという働き方をしたらいいんじゃないかな。僕はそうやって生きてきたんですよ」
 さまざまな分野で“働く”と“遊ぶ”を行き来しながらいくつものプロジェクトを生み出してきた黒﨑氏は、働く場とも言える組織のあり方についてこう語った。
「ある時、IDEEで新卒を10人募集したら、1500人の応募がありました。僕は途中から面接に参加したのですが、ふと『いい奴が最初に落とされているんじゃないか?』と思ったんですね。会社が大きくなるとルールがたくさんできて、何時には帰らなきゃいけないとなっちゃうでしょ。でも、クリエイティブってそういうものじゃないというのが僕の実感だし、そういう働き方が必ずしも人を幸せにしていないのではと思っています。それに、規模が大きくなるとどんどんグループが分かれて、名前も知らないという人が出てくるでしょう?だから僕は、会社を大きくするのではなくて、小さい会社をたくさん作るんです。大切なのは人と人。僕は家具を作る時にもその家具の鉄の溶接をやっている人と知り合いにならないと作れないんです」

松下村塾のような場所でありたい

 MIDORI.soで出会った人たちが一緒に仕事をしたり、新しいことを始めることもあるという。しかし、単にシェアオフィスという“場”を用意すれば何かが始まるわけでもないという。
「問題に対し、最短で正解を得ようとするのは優等生の発想です。多くの人は“どうすれば儲かるか・仕事が取れるか”ばかりを考えるでしょ。でも、僕らの課題は“何が問題か”を考えること。視点や発想自体が違うと思うんですよね。だから自腹で廃村を買って農園をやったり、一見すると効率がいいとは思えないことをやったりする。ただ、大企業も最近その大切さに気づき始めていて、MIDORI.soを参考にしたオフィスで地域課題に取り組む会社も現れていますね」
 これまでさまざまな人が集う“場”や“働く場”を作ってきた黒﨑氏。人の育て方について尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「会社って、好奇心を育てる空気がないと面白くならないし、人を褒めることが大切だと思っています。否定しても意味がありませんから。何が問題なのか、本当は何がしたいのかをそれぞれ自分で考えてもらい、その延長上で方向を示してあげる。すると、その人は伸びていきますし、その人の夢も発展していきます。やりたいことを少しずつ始めて独立するのもありだけど、会社を中から変えるのもありですよね。日本にもかつて、何かやりたい人が集まり、その人たちを伸ばす場所がありました。吉田松陰の松下村塾もその一つです。松下村塾は先生が生徒に教えるというより、誰が何を言ってもいい場所でした。MIDORI.soも松下村塾のような場所でありたいですね」
 働き方の選択肢が広がった今だからこそ、大切なのは「どう生きたいのか」「自分にとって働くとは何か」を考えること。自らに問い続けるとともに、価値観の違う人々と対話することから、私たちの未来は広がっていくはずだ。

最近改装した2階のエンゲージメントスペース。ミーティングや懇親会、各種プログラムなど、コミュニティへの結びつきを高めるための使い方を想定した作りになっている。
東京メトロ永田町駅からのアクセスもいいMIDORI. so NAGATACHO。地下1階から地上6階まで丸ごとMIRAI-INSTITUTEが手がけ、MIDORI.soとして運営している。



text / Kei Yoshida
photo / Teruyuki Yoshimura
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