オフィーチェ

新しいワークスタイルを発信する【オフィーチェ】

三井デザインテック
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Future Articles

vol.18

RX Japan Ltd.

さあ、行こう。新たな軌跡を創る旅へ
RX Central Station

「世界を拓くビジネスの舞台を。」
そんな熱い想いで世界と向き合う展示会の主催・運営会社のオフィスは、
どんなデザインであるべきなのか。
オフィス移転にあたり新しい働き方と働く環境を模索するRX Japanと
三井デザインテックのソリューションが、日本の中心である東京駅を舞台に共鳴する。
常識にとらわれない要望にコンサルティングとデザインで応えていった三井デザインテックは、オフィスデザインに新たな風を吹き込んでいく。

移転プロジェクトのコンセプトである「RX Central Station」から駅のホームをイメージさせるデザインにもなっている。

三井デザインテックとRX Japanとの信頼関係の構築は、RX Japanがまだ新宿にオフィスを構えていた2021年6月に遡る。この時は受付エリアのみの改修依頼で、いわば三井デザインテックへのトライアルとしての発注だった。オフィス全体のデザインから施工までトータルで手掛けることを得意とする三井デザインテックとしては、当初は戸惑いもあった。しかし、日本一の展示会主催・運営会社が使命として抱く「世界を拓く ビジネスの舞台を」という熱い想いに触れ、「この会社で働く人たちが気持ちよくクリエイティブに働ける空間を提案したい」という気持ちを強くしていった。「RX Japan 新宿オフィス18F改修プロジェクト」チームの一人でコンサルティング担当の桜林玲佳氏が当時を振り返る。「2021年といえばまだコロナ禍で、テレワークというワークスタイルを選択する人も多くいました。だからこそオフィスに来る意味をしっかりと提案したいと思ったのです。コロナ禍をきっかけに在宅やシェアオフィスで働く人も増えましたが、オフィスには社員同士のつながりを醸成するという他の場所にはない価値があります。そのオフィスの顔であり、中心でもある受付エリアを社員同士のコミュニケーションが活性化するエリアにしようと想いました」

RX Japanとの話し合いを経て、働く環境を自由に選択できるフレキシブルさと領域を超えたコラボレーションが加速するワークスタイル・ワークプレイスの創造へと動き出す。プロジェクトを進めるにあたり、デザイン担当の藤本裕助氏はRX Japanの意思決定の速さに驚いたという。
「最初の提案から施工を始めるまでの期間は約2ヶ月間しかありませんでした。短期間で仕上げるためにはスケジュール管理が大切なのですが、こちらの提案に対するRX Japanの判断がとても速く助かりました。期間や予算の面で設備や躯体に関わるところは変更できませんでしたが、やるからには喜んでもらえる空間にしたかった。その想いがプロジェクトの評価につながったのだと想います」

クリエイティブな企業にふさわしい自由で明るい印象の受付エリアをデザインし、社員のコミュニケーションエリアとしても創造性を高める場所として好評を得た。人を驚かせたい、感動させたいというRX Japanの企業文化に、空間デザインという形で三井デザインテックが応えたのだ。そしてこのトライアルの成功が三井デザインテックとRX Japanの信頼関係を強くし、東京・八重洲の移転プロジェクトへと進んでいく。「RX Japan 新宿オフィス18F改修プロジェクト」から「RX Japanオフィス移転プロジェクト」まで営業として担当した相庭武瑠氏は、両社が共鳴し、とても良い関係性を築けた案件だったと語る。
「新宿オフィス改修のトライアルで評価を得ることができ、八重洲新オフィスへの移転にも関わることができました。新宿も八重洲も設計デザインのみの提案で、コンサルから施工まで手掛ける三井デザインテックの通常の仕事の進め方とは大きく異なり、また期間も短かったため、コンサルタントやデザイナーは苦労したところもあったと想います。それでも、新宿オフィスの改修で培ったRX Japanとの信頼関係がありましたし、こちらが提案したことへのレスポンスも速かったので、全般的にスムースに進んだように想います」

RX Japanの八重洲新オフィスへの移転に向け、チームが再び動き出す。しかし提案から竣工までの時間はわずか9ヶ月間しかなかった。提案から施工を始めるまではさらに短い。限られた期間の中でスムースに進められた要因は、やはりRX Japanの速い意思決定にあったと藤本氏は語る。
「どんな新オフィスにしたいか、RX Japanの考え方ははっきりしていました。人を驚かせたい、感動させたいという想いです。そのために設備設計に関わる壁の位置について意志が明確でした。オフィスの骨格が早めに決まったので、デザインも進めやすかったです」

移転プロジェクトからチームに加わったデザイナーの杉山香織氏は、主に意匠部分を担当した。彼女もまた、RX Japanの新オフィスへの想いを強く感じたという。 「RX Japanの社長から強く言われたことは、ここを訪れたお客さんがメインエントランスに入った瞬間に“ワォ!”と言わせたいというものでした。メインエントランスから続くラウンジスペースにも仕切りを作らず、まっすぐに伸びた空間の先からは東京駅が一望できるビューを確保し、訪れる誰もが感動する空間を作ってほしいと言われました。エントランスにこんなに広い面積を取ることは通常はありません。珍しい要望でしたが、それだけ新オフィスへの明確な想いがあると感じましたし、その想いに応えたいと想いました」

移転プロジェクトには、最初はコンサルティングの契約はなかった。しかし、空間だけでなく働き方そのものをデザインする三井デザインテックのソリューションを深く理解していたRX Japanでは、より良いオフィスを作るために、設計デザインだけでなく、コンサルティングの契約も決めた。再びチームに入った桜林氏は、RX Japanの移転プロジェクト担当者に三井デザインテック本社オフィスを見てもらうことで、働き方や働く環境のトレンド、理想のオフィス空間のイメージを共有してもらおうと考える。

新宿オフィスでトライアルとして構築したRX Café。
ここからRX Japan と三井デザインテックの協創が始まった。
植物を配したやぐらは、新宿オフィスの改修の際に提案したもの。
好評だったため移転プロジェクトでもリラックスエリアの中に取り入れた。
「CENTRO(セントロ)」と名前が刻まれたカウンター。内側にはハイスペックの
コーヒーマシーンなどが用意されており、社員同士のコミュニケーションを深めることに役立っている。
「CENTRO(セントロ)」には、屋外で使うような椅子やテーブルが並ぶ。
社員同士がカジュアルにコミュニケーションが取れる空間を目指した。

「普段であれば、発注元の企業さまとワークショップを重ねながら新オフィスのコンセプトを作っていくのですが、今回は時間が限られていましたので、三井デザインテック本社に来てもらうことを優先しました。オフィス見学を通して自由な働き方や働く環境のトレンドに触れたことで、RX Japanの皆さんの中に、自分たちはどんなオフィスを求めているのかという方向性がはっきりとしていったように想います」

オフィス移転プロジェクトのコンセプトは「RX Central Station」。日本の中心地、東京駅を舞台にさらなる高みへ飛躍する。個性が交差し、才能を開花させる。そんなイメージを内包させた。そして桜林氏はコンサルタントとして、コンセプトを具現化させるためのワークショップを加速させていく。
「コミュニケーションエリアの一角に特別なコミュニケーションの場を創るために、RX Japanの皆さんとワークショップを行いました。コミュニケーションエリアは社員同士の一体感を育むエリアです。そのコミュニケーションエリアの中でも自分たちにとって特別な空間を創るとしたら、どんな机や椅子が欲しいか、そして形や色、素材は何がいいのか、意見を出してもらったのです。さらにそのエリアに名前をつけることも提案しました。ワークショップに参加した社員の方に候補となる名前を考えてもらい、投票で決めました。ワークショップを通してオフィス移転を自分事化したことで、社員の皆さんの新オフィスへの愛着を高めることができたと思っています」

藤本氏と杉山氏は「CENTRO(セントロ)」と名付けられたコミュニケーションエリアの一角に向き合う形で、重ねながら新オフィスのコンセプトを作っていくのですが、今回は時間が限られていましたので、三井デザインテック本社に来てもらうことを優先しました。オフィス見学を通して自由な働き方や働く環境のトレンドに触れたことで、RX Japanの皆さんの中に、自分たちはどんなオフィスを求めているのかという方向性がはっきりとしていったように想います」 オフィス移転プロジェクトのコンセプトは「RX Central Station」。日本の中心地、東京駅を舞台にさらなる高みへ飛躍する。個性が交差し、才能を開花させる。そんなイメージを内包させた。そして桜林氏はコンサルタントとして、コンセプトを具現化させるためのワークショップを加速させていく。 「コミュニケーションエリアの一角に特別なコミュニケーションの場を創るために、RX Japanの皆さんとワークショップを行いました。コミュニケーションエリアは社員同士の一体感を育むエリアです。そのコミュニケーションエリアの中でも自分たちにとって特別な空間を創るとしたら、どんな机や椅子が欲しいか、そして形や色、素材は何がいいのか、意見を出してもらったのです。さらにそのエリアに名前をつけることも提案しました。ワークショップに参加した社員の方に候補となる名前を考えてもらい、投票で決めました。ワークショップを通してオフィス移転を自分事化したことで、社員の皆さんの新オフィスへの愛着を高めることができたと思っています」 藤本氏と杉山氏は「CENTRO(セントロ)」と名付けられたコミュニケーションエリアの一角に向き合う形で、人事や総務などの企業管理部門のエリアをデザインした。社員が集まるエリアの近くに企業の事務管理を司る部署を配置することは、セキュリティ的にも一般的ではない。しかしRX Japanは、そんな常識よりも社員同士のコミュニケーションの大切さを選んだ。そして現在、普段は交わらない部署の間でコミュニケーションが生まれ、新たなクリエイションにつながっているという。杉山氏は「管理部門は今まで壁で区切られた部屋の中にありましたが、あえて社員エントランスから入ってすぐのカフェエリア(Centro)の前に配置することで必ず顔を合わせることになります。管理部門には役員様を含め全ての部署が頻繁にアクセスするので、他部署との交流が移転して数日後には数倍になったと聞いております。これは計画時に考えていた以上に、とても面白い化学反応でした」と感想を述べた。
 そして藤本氏は、三井デザインテック本社のオフィス見学がRX Japanにさまざまな刺激を与えることができたのではないかと振り返る。
「RX Japanの皆さんはオフィス見学の際、表面的な意匠デザインに着目するのではなく、自由な働き方や働く環境そのものを取り入れたいと感じてくれました。その結果、コミュニケーションエリアの考え方はもちろん、ABW(Activity Based Working)の一つの形として執務エリアに“ホームタウン”という考え方を取り入れました。このエリアは部門と部門の間に存在させるスペースで、フリーアドレスで使用できます。仕事内容に合わせて自由な使い方ができます。部門ごとのコミュニケーションを広げることにも役立つでしょう。ホームタウンは新オフィスの大きな特徴となりました。今回、“世界を拓くビジネスの舞台を”という熱い想いに寄り添って新オフィスをデザインできたことは、とても刺激的でした。オフィスは生き物。時代に合わせて進化していく必要があります。展示会から時代を創るクリエイティブな企業に相応しいアップデートを、これからもお手伝いしていきたいと思っています」

「RX Japan 新宿オフィス18F改修プロジェクト」と「RX Japanオフィス移転プロジェクト」の2つのプロジェクトは、三井デザインテックとRX Japanとの信頼関係を強固にしただけではなく、常識にとらわれないさまざまな試みを通して、オフィスデザインに新しい風を吹き込んだように思う。両社の共鳴が創り出したRX Japanの新オフィスが、日本から世界に羽ばたくためのCentral Stationとして多くの人たちを刺激していくことを期待したい。

interviewer&text / Yasuko Hoashi

展示会に向けたお客様との商談スペースは、
3連のプロジェクターや大型LEDモニターを活用し様々なプレゼンテーションが可能。
リモート会議環境も充実しており、遠隔でもその場にいるような臨場感ある音響設備を導入。
仕切りを収納し、レセプションエリアとつなげて利用することで、
様々なプレゼンテーションや、イベントに活用できる。
海外からのお客さまを意識して床の間をデザインした応接室。
デジタル機器の使用を優先せず、あえてデジタルデトックスな空間にしている。
社長室の様子。行動力やスピード感を大事にする社長は、驚いたことに、
奥の丸テーブルで立ったままで仕事をするのだそうだ。
中央に配置されたテーブルは役員ミーティングや社員とのカジュアルミーティングに使う。

New Relationships

vol.18

世界の最新情報からオフィス・トレンドを探る

ハイブリッドワーク時代におけるワーカー同士のコミュニケーションの重要性とは

東洋大学と三井デザインテック共同研究
ワーカー同士のつながりと職場内コミュニケーションに関する研究

研究背景
新型コロナウィルスのパンデミックを経て、多くの企業でオフィスワークとリモートワークを組み合わせたハイブリッドワークが浸透しました。ワーカー自身の状況や業務内容によって働く場所を選択できるハイブリッドワークは業務効率や生産性を高める一方、気軽な会話や何気ない雑談の機会が少なくなったと感じている方も多いのではないでしょうか。私たちが日々の業務でチームワークを発揮するためには、ともに働くメンバーのことを理解し、つながりを醸成していくことが大切です。そこで三井デザインテックでは東洋大学 榊原圭子准教授とともに、ワーカー同士のつながりを醸成する職場のコミュニケーションのあり方を調査するためネットリサーチ(アンケート調査)を実施し、回答結果をもとに研究に取り組みました。(表-1参照)

調査研究結果
ワーカー同士のつながりは個人や企業にポジティブな影響をもたらす

最初にワーカー同士のつながりが企業や個人に対してどのような効果をもたらすのかについて分析を行いました。ワーカー同士のつながりの測定には「共に働く姿勢」や「互いに理解し認め合う」といった質問項目からなる「日本版職場のソーシャル・キャピタル尺度」を使用し、重回帰分析を用いてワーカー同士のつながりがウェルビーイングやクリエイティビティといった心理尺度に及ぼす影響を調べました。その分析から、ワーカー同士のつながりは個人のウェルビーイングやクリエイティビティ、ワークエンゲイジメント、組織へのコミットメントなど、個人や企業に対して良い影響をもたらすことが明らかになりました(表-2参照)。私たちが日々の職場での経験を通じて感覚知として認識されている内容が、改めて数値をもとにした論理知としても示された結果だといえます。

ワーカー同士のつながりを醸成するには、業務の話だけではなく雑談も重要

ではそのワーカー同士のつながりを醸成するには、どのようなコミュニケーションが必要なのでしょうか。今回の研究ではワーカー同士のコミュニケーションの頻度と手段に注目しました。コミュニケーションの頻度は、業務の情報共有の頻度と雑談の頻度の2通りに分け、その影響について重回帰分析を用いて調べました。分析の結果、業務の情報共有・雑談の頻度どちらもワーカー同士のつながりの醸成に効果があるということが分かりました(表-3参照)。雑談の頻度よりも業務の情報共有の頻度の方が影響度合いは大きいのですが、チームで仕事を進めるうえで業務の情報共有を行うのは当然と言えるでしょう。業務の情報共有に加えて雑談も交わすことが、ワーカー同士のつながりをより強くするうえで重要だと言えます。

対面のコミュニケーションは効果的だが、より重要なのは様々な手段を使い活発にコミュニケーションをとること

 コミュニケーション手段の分析では、対面・電話・ウェブ会議・メール・チャット/SNSの5つに対し、業務の情報共有と雑談それぞれどの手段で行っているのかを調査し、それらの利用状況がワーカー同士のつながりにどのような影響を与えているのかを調べました。業務の情報共有と雑談どちらも対面でのコミュニケーションの影響が最も高いという結果でしたが、ただ働く場所が多様化する中、常に対面でコミュニケーションが取れる訳ではありません。そこで、業務の情報共有と雑談それぞれでワーカーのコミュニケーションの取り方についてクラスター分析を用いて4つのタイプに分類し、それぞれのタイプごとにワーカー同士のつながりの差を調べました。分析の結果、業務の情報共有と雑談どちらも様々な手段でコミュニケーションを活発に取っているタイプが最もワーカー同士のつながりが高いことがわかりました(表-4参照)。

❸ まとめ
今回の研究では、業務の話だけではなく雑談も行うこと、様々な手段でコミュニケーションを活発に取ることがワーカー同士のつながりを醸成するうえで重要であることが分かりました。今後ハイブリッドワークが普及していく中で、チームで円滑に仕事を進めていくためには、ワーカーは意識してコミュニケーションをとることが大切になってきます。同時に企業はワーカー同士がコミュニケーションを取ることを促進していかなければなりません。ワーカーが対面で集まることのできるオフィスにコミュニケーションが取りやすいスペースを設ける、あるいは定期的にワーカーが集まるイベントを開催するなど、ワーカー同士がつながりを醸成し、チームワークを高めることを支援することが、今企業に求められている役割なのかもしれません。

調査概要
手法:インターネットアンケート調査 回答者数:2212件
調査期間:2022年10月6日~10月10日
対象者:東京23区内事業所規模100名以上のオフィスに勤めるホワイトカラーの25~59歳の男女

共同研究者
東洋大学 社会学部 社会心理学科
榊原圭子 准教授
⼤⼿都市銀⾏および世界有数の戦略コミュニケーション・コンサルテイング会社Fleishman-Hillard Japan勤務後、東京⼤学⼤学院医学系研究科進学。同研究科客員研究員等を経て、現在は東洋⼤学社会学部にて准教授を務める。博⼠(保健学)。
専⾨領域…組織内コミュニケーション / メンタリング / 働く人のストレスと健康 / キャリア発達 /ワークライフバランス など

Offistyle+

vol.18

ゲームAI開発者・三宅洋一郎氏に聞く
『ワーカー』と『AI』が共存する未来の描き方

題のChatGPTをはじめ、多くの人が気軽に人工知能(AI=Artificial Intelligence)を使えるようになりつつある。こうした中、「ビジネスにどう使えるのか」という期待とともに、「AIに仕事を取られるのでは」と不安に思っている人も少なくないだろう。時代の流れの中で私たちワーカーはAIをどうとらえ、どう共存していけばいいのか。ゲームAI研究者で東京大学特任教授の三宅陽一郎氏に話を聞いた。

AIに対する人々の誤解と現在地
「みなさんは人工知能(以下AI)に対してどんなイメージをお持ちですか?」
ゲームAI研究者で東京大学特任教授の三宅陽一郎氏に質問をする中で、三宅氏からこんな言葉を投げかけられた。その真意を三宅氏はすぐに明かしてくれた。
「AIについて『意思を持った巨大なまとまりなのではないか』と誤解されることが多いのです。今、ユーザーの皆さんの前にあるのは、囲碁をうまく打てるAIとか、人とよく話せるAIといったもの。つまり、単機能に特化したAIが別々に存在している状態です。現時点ではAIの95%がこうした特化型AIなのです」
一方、三宅氏が研究・開発を行っているゲームAIは残りの5%にあたるものだ。ゲームの世界でユーザーと一緒に旅をし、一緒に泣いたり笑ったりするようなAIを目指している。
「世の中にはこちらがメジャーに見えるかもしれませんが、実際はマイナーです。単機能のAIを集めても人間を超える知能はできませんし、役に立ちにくくなります。意思を持ったAIは、役に立たないことも含むからこそ総合的なAIなのです。そうなると、世の中のニーズにハマりにくくなります。囲碁AIの方が囲碁は強いし、翻訳AIの方が翻訳は上手かもしれませんが、人間はやろうと思えばどちらもそこそこはできますよね。単機能で見ればAIが勝つかもしれませんが、総合力では人間の勝ち。それが今の人間とAIの関係性なのです」

AIの歴史から見えるブームと背景
 AIの現在地が見えたところで、その歴史を紐解いてみよう。AIの歴史は1956年に幕を開けた。
「AIは『人間の知能をどれだけ機械に真似させられるか』というところから始まりました。しかし、我々は『人間の知能とは何か、人間とは何か』をよくわかっていません。わからないのに機械に真似させることに矛盾がありますが、AIは人間を探求する方法として出発したのです」
 こうして歴史が始まったAIの探求は、1960年代に第一次ブームを迎える。
「その以前から、頭の中の神経組織に電気が通ることで人間は思考しているとわかっていましたが、どのように電気が通っているかがわかったのが1960年代のこと。脳神経細胞の活動を明らかにしたA.L.ホジキンとA.F.ハクスレーが1963年にノーベル医学・生理学賞を受賞したこともあり(1)、欧米圏でAIが盛り上がりました」
 70年代にいったん落ち着いたAI研究は、コンピューターが普及した1980年代に第二次ブームを迎える。
「第一次ブームでは蚊帳の外だった日本が熱くなった時期です。第二次ブームの時は、いろいろな記号的知識を教えれば賢くなり、人間を超えるだろうと推測されました。しかし、人間を超えることもユーザーの手元に届くこともなく、1992年頃にブームが収束したのです」
 その後、やってきたのがインターネットブームだ。ニュースから個人のブログまで、さまざまな情報がネット上に蓄積されていった。
「2006年頃から『蓄積された情報を使ったらAIのニューラルネットワークが実現できるのでは?』と多くの人が考え始め、第三次ブームが始まりました。そして、2014年頃からAIが軌道に乗り始めたのです」
 人間の脳は神経細胞(ニューロン)が連なる神経ネットワークを電気信号が行き交っている。ニューラルネットワークとはこうした人間の脳の回路をコンピューターで再現したもの。ニューラルネットワークを何層も重ねることで機械学習の精度が高まり、深層学習が可能になる。 「第三次ブームは息が長く、クリエイティブAI、生成系AIのブームが来ました。第二次ブームではできなかった社会実装が実現し、ユーザーにAIを届けることができたのです」

人間の方がAIよりも優れていること
 70年かけて私たちの手元に届いたAI。それでも総合的なAIの実現が難しいのはなぜなのだろうか。
「フレーム問題があるからです。AIを開発する際は、人間が『囲碁を打つ』『部屋を掃除する』などのフレーム(問題)を設定し、学習させます。人間はフレームを設定できるだけでなく、『休日にはこうしよう』『旅行に行ったらこれをやろう』などと、その時々で思考やフレームが異なるという恐るべき柔軟性を持っています。一方、ChatGPTにリンゴとは何かを尋ねると、たくさんの情報が返ってきますが、意味は理解していません。この世界に存在しないAIには体験ができませんから、フレームを設定することができないのです。我々人間はリンゴを見ることも食べることもできますし、世界を経験して、それを元に問題を設定できるのです。ただ、人間は思春期があったり悩みを抱えたりしますし、一つのことだけをやっているわけではありません。一方、AIは外からの干渉がないため、その機能だけを伸ばすことになります」
 人間が設定したフレームの中で特定の機能を伸ばすAI。その能力は人間を凌駕することもあるが、人間にはまた別の強みがあるという。 「人間の場合、化学実験を学ぶことで料理が上手くなるとか、楽器を習ったら音に敏感になるとか、一つの能力を鍛えたことで他の能力にプラスになることがありますよね。絵の生成系AIが話題になりましたが、プロのイラストレーターはクライアントのイメージや要望を汲み取った上でどんなイラストにするかを決めて描きます。そこにはAIには捉えられないものがあり、AIにはできないフレーム設定が人間にはできる。ですから、AIを恐れることはないのです」

新しい社会はワーカー自身が作る
 では、私たちは今後、AIとどう付き合っていくべきか。 「単機能のAIを使う際はその精度を把握した上で、『新入社員以下の仕事の量と質であれば採用しない』などと判断して使うのがいいのでは。これを繰り返すうちに『このAIをこう使うとうまくいく』というノウハウも貯まっていくでしょう。注意した方がいいのは『AIでなんでもできますよ』という売り文句です。できるできないを0か100で考えてしまいがちですが、単機能のAIを組み合わせると機能が下がる場合もあります。例えば、英語を日本語に訳してからスペイン語に訳し、再び英語に訳したら、元の英語とは異なるものになりますよね」
また、三宅氏は今後はいろいろな企業がユーザーのニーズを拾いながら使いやすいインターフェースを開発していくはずだと指摘する。なぜなら、コンピューターもそうやって進化してきたからだ。
「企業が手掛けるAIでは、消費者から見てどう映るか、消費者にどう見せたいかが重要です。実は、日本と海外ではAIの捉え方が違います。西洋は生命のないものを人間と対等のものと捉えず、召使のような位置付けをします。また、キャラ付けは子どもっぽいものとして敬遠されがち。一方、日本はあらゆるものに神が宿る八百万の神の国。さらにアニメなどの影響もあり、仲間や友達となるAIやロボットを求めるのです」
 こうした文化や捉え方の違いも、企画開発をする上では必要な視点だと言えるだろう。AIをめぐる世界は、今まさに第二回戦が始まったところだと三宅氏は語る。 「A Iインフラが整った今、その上に何を乗せるか。これまでとは違う働き方、違う社会が来るとは思いますが、具体的に何が来るかは誰にも予測がつきません。そして、ワーカーの皆さん自身が、新しい社会を作る一員なのです。大きな変化が唐突に来たような感覚があるかもしれませんが、どこかに選択肢はあるもの。AIは人間にとって変わるものではありませんし、敵視することはディスアドバンテージになります。また、もし仕事を奪われることがあるとすれば、そもそもAIに寄った仕事だったと考えられるかもしれません。部下から決裁を求められた上司が『ただ許可を出すだけならAIでいいのでは』とぼやいたなんて話がありますが、部下たちとのディスカッションの方が人間的な仕事とも言えますよね。その仕事は本当に人間がするべきか、AIに任せてもいいのか、見直してみてもいいかもしれませんね」
 私たち人間を出発点としているAI。ワーカーとして、ユーザーとして付き合っていくため、人間らしさとは何か、自分たちは何を求めているのか。AIについて考えるとき、そんな根源的な問いに立ち返ってみることで、見えてくるものがありそうだ。

【参考資料】 ①小町守「ノーベル賞と人工知能研究」『人工知能学会誌』28巻1号 2013年1月 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsai/28/1/28_23/_pdf 【その他の参考文献】 『人工知能のための哲学塾 未来編』三宅陽一郎(ビー・エヌ・エヌ新社) 『いちばんやさしい人工知能ビジネスの教本 人気講師が教えるAI・機械学習の事業化』二木康晴・塩野誠(インプレス) 『週刊東洋経済』2017年7月8日号(東洋経済新報社)

text / Kei Yoshida  photo / Teruyuki Yoshimura

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