オフィーチェ

新しいワークスタイルを発信する【オフィーチェ】

三井デザインテック
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Future Articles

vol.11

デンカ株式会社 New Officeプロジェクト

ICTを活用した未来型オフィスの実現

デンカ株式会社は、2018年〜2022年度までの新経営計画として「Denka Value-Up」をスタート。
その成長戦略の一環として、働き方の改革に伴うオフィス空間の刷新を決めた。
プロジェクトのコンセプトは「ICTを活用した未来型オフィスの実現」。
三井デザインテックがコンサルティングを含めて提案した革新的生産性の向上やダイバーシティ推進を図るために欠かせないオフィスの形を紹介する。

各フロアに設けられたDenka CAFE。こちらは10階のもの。

新経営計画を進めるデンカ株式会社は、業務プロセス改革の一環として「未来型オフィスレイアウト導入による社内コラボレーションの活性化」「業務の生産性向上」「仕事の場所を選ばない環境の整備」を掲げている。

今回、そのためのオフィスづくりを担った三井デザインテックは、数年前からコンサルティング業務に力を入れており、各社の課題を解決するためのオフィス空間を提案してきた。本プロジェクトは、まさにその好事例のひとつだ。

プロジェクトを率いたコンサルタントの木下貴博氏は、「コンサルティングで大切にしているのは2つ。ひとつが経営層の方々に経営課題や経営目標をヒアリングさせていただき目指すべき方向を定めること。もうひとつが、社員のみなさんがどのように働き方を変えたいと考えているかを聞くことです。トップダウンだけではなく、社員の意見を取り入れながら経営層と社員の理想をつなぎワークプレイスを考えるというプロセスを重要視しています」と話す。

今回も、プランに入る前に社員へのウェブアンケート、在席率や会議室の利用状況の調査によるスペース効率の“見える化”、ワークショップなどを行った。これまでもワークショップは行ってきたが、それによる定性的データだけでなく、アンケートや利用状況の調査による定量的なデータも収集し、両方を掛け合わせて“あるべき姿”を探っていったのだ。

本プロジェクトにおいて解決すべき課題はいくつかあったが、中でも大きな軸になったのが部門間の交流だった。以前は部門ごとにフロアもスペースも分断されていたため、部門が違うと顔を合わせる機会がほとんどなかったという。「部門ごとに業務内容も違えば、1日の時間の使い方も違うので、各部門ごとに代表社員にインタビューを行いました。また、社員の方々を巻き込んでワークショップを重ねながら、経営層が考える“向かうべき方向性”と実際のギャップを洗い出し、フロア構成やレイアウト構成をつくっていきました」と、木下氏。その結果、執務室の中央に偶発的なコミュニケーションを生むためのコラボレーションスペースが設けられた。

世界時計をあしらった9階エントランス。明るく、清々しい朝をイメージしてデザインされた。 デザイン監修:後藤哲也(Mr.G)
カウンターやテーブルなどさまざまな席を設けた8階コラボレーションスペース。「Denkaカラーのブルーを椅子で取り入れ、自社のアイデンティティーを感じられるようにしました」(広瀬氏)
9階のコラボレーションスペース。中央にはハイカウンター席、その左右にベンチシートを配置し、いろいろな働き方が促進されるような機能とデザインとなっている。

また、もうひとつ解決しなければならなかったのが会議室の問題だ。設計担当の西原惟仁氏は「会議室の稼働率を調査していくと、現状の数を減らしても問題がないことがわかりました。そのため稼働率に合わせて適正な数に削減することができました。削減したことで生まれたスペースをさまざまな用途に使用できるオープンなコラボレーションスペースとして計画し、ご提案させていただきました。」社内の打合せは原則コラボレーションスペースや社内用会議室を利用する。

それまで社内打ち合わせは会議室で行われるケースが多かったが、社内の打ち合わせ用にミーティングの種類や社員のモードに合わせてフレキシブルに使える空間を用意。さらに、会議室の予約システムを導入したり、使い方の面で工夫したり、空間づくりとともに運用面も変更した。最終的に来客用会議室数は約半分となったものの、大きな問題はないという。「効率よく会議や打ち合わせをするために、『このように使ってみてはいかがですか?』という提案をしましたが、今までと大きく違うので戸惑いや不安はあったと思います。出来上がったのに使われないのは残念なので、各部門の代表の方にプラン説明の場を設けてもらうなど、事前準備が成功につながりました」と営業担当の岸祐一氏。しかるべきタイミングでしかるべき方々へ、新オフィスの考え方や使い方を説明できたことがスムーズな進行を可能にしたようだ。

そして、デザイナーの広瀬香織氏は「デザインのコンセプトは『Denkaクリエイティブラウンジ』です。ポイントは、Denkaカラーを用いる、社員のエンゲージメントを高める空間、多様なコミュニケーションをうながすさまざまな什器の計画の3点。とくにコラボレーションスペースはみなさんが集まりやすい機能とデザインが提案できたと思います」と話してくれた。

三井デザインテックのコンサルティングが存分に生かされた本プロジェクトについて岸氏は、「お客さま側の事務局とコミュニケーションがうまくとれ、全体を通して、とても順調に進められました。また、コンサルタント、営業、設計、デザイナー、施工と各セクションの担当者がお客さまと直接意思の疎通が図れる環境にあったので総合力が生かせたと思います」と振り返る。また、木下氏は「インテリアデザイン会社のコンサルティングとして大切にしているのはお客さまにどう寄り添っていくかです。働き方を変えるために、お客さまの考えをどのように“場”へと落とし込んでいくかをメンバーが一丸となって考え、実現できました」と話す。

お客さまの働き方の変化とともにオフィスも変わる必要がある。今回のプロジェクトはいったん区切りをむかえたが、メンバーはみな、今後もお客さまに寄り添いながらコンサルティングを取り入れたオフィス空間の提案を続けていきたいと考えている。

役員専用会議室(応接室)。壁の両サイドのミラーや水平方向のラインによって奥行き感を出し、実際のスペース以上に広さが感じられるように工夫した。
役員フロアのアプローチ。9階のエントランスとトーン&マナーを揃えつつ、役員フロアにふさわしいゆとりを演出。
左から)木下貴博氏、西原惟仁氏、広瀬香織氏、岸祐一氏

New Relationships

vol.11

未来のクリエイティブなワークプレイスとは

現在多くの企業においてイノベーションを推進することは、重要な経営課題となっています。
イノベーションを起こす為には、日々のクリエイティビティがとても重要な要素になります。
では、未来のクリエイティブなワークプレイスとは、どの様な形になっていくのでしょう。

【イメージイラスト1】
現代のクリエイティブなワークプレイスのイメージ。黒いワーカーは社内、赤いワーカーは社外を表す

現在のクリエイティブなワークプレイスとは

未来のワークプレイスを考える前に、まず現在のワークプレイスについて考察していきたいと思います。 今までの日本のワークプレイスは効率性が重要視され、個人作業の場がスペースの多くの割合を占めていました。現在、働き方にも大きく着目され、少しずつワークプレイスの捉え方に変化が表れてきました。 ワークプレイスは単なる作業の場ではなく、「様々なメンバーとのコラボレーションにより知識創造を誘発し、企業の競争力と生産性を向上させるクリエイティブな場」へと進化してきています。そのことにより、ワークプレイスも個人作業に加えチームでの作業や、社内だけでなく社外も含めた幅広いメンバーとのコラボレーションを行う場へ変わりつつあります。 その様な状況において、現代のクリエイティブなワークプレイスは、本誌でも以前ご紹介させて頂いた8つの要素が必要だと考えます。具体的には

OPEN OFFICE(ベースとしてのオープンなオフィス環境
COLLABORATION(様々なコラボレーション空間)
FOCUS(個人が集中できる環境)
FLEXIBILITY(業務に合わせた環境のフレキシブルな選択)
WELL-BEING(心と身体の健康と幸福)
PESONALIZATION(個々のワーカーの尊重)
CORPORATE IDENTITY(企業アイデンティティの発信)
SOCIALIZATION(幅広い社会との繋がり)

この8つの要素が、クリエイティビティと強い相関性が見られることは、本誌9号でも取り上げさせて頂いた東京大学 稲水准教授との共同研究でも明らかになりました。 具体的にこの8つの要素を取り入れたクリエイティブワークプレイスのイメージが【イメージイラスト-1】です。  特徴的なのは、ワークプレイスにある様々なコラボレーションスペースで、フォーマルなスペースから、カジュアルなミーティングに適したスペース、そして偶発的なコミュニケーションも起きやすいカフェテリアなどの環境が整っています。そして同時に個人が集中できる環境もあり、ワーカーはフレキシブルに自分の業務に最適な環境を選択してスペースを活用することが出来ます。空間はオープンで広がりがあり、内部階段で上下階のコラボレーションを誘発します。低層階には、社外の様々なメンバーと繋がる事が出来るコワーキングスペースの様な機能も用意されています。

未来に向けた予測

さて、本題の未来に目を向けていきたいと思います。ワークプレイスの未来を考えると影響を与える3つの変化が考えられます。  1つ目は、多くの企業でAIやRPAの導入が進み作業的な業務は減少し、より複雑で創造的な仕事の重要性が増していきます。2つ目は、テクノロジーの進展に伴い企業をとりまく環境の変化スピードが一層高まり、企業は柔軟性とスピードが今以上に必要となっていきます。 そして3つ目は、ワーカーの価値観やライフスタイル、そして働き方が多様化することに伴い、現在の画一的な管理型組織や制度では対応できなくなり、様々なワーカーを受け入れる為の包括型組織や制度に変化する必要性があるでしょう。 この様な変化を踏まえると、ワークプレイスあるいは、ワークスタイルにはどの様な事が求められるでしょうか。こちらも3つのポイントがあると思います。

Specialty 専門性
今後、複雑で創造的な仕事の重要性が増してくる未来では、今以上に高い専門性が重要になってくると言われています。専門性には、業種により異なる従来の専門性に加えて、マネジメト、テクノロジー、ソーシャルの様な多くの企業が共通するスキルや、もしかしたら新たに生まれてくるコミュニケーションや、サイエンス等のスキルがあるかもしれません。そしてワーカー自身も、自分はどの分野の専門性を高めるかを考え、そして専門分野の更新や拡張を常に行っていくことも必要になってくるでしょう。

Flexibility 柔軟な組織
企業をとりまく環境の変化のスピードが速くなると、企業は新たな価値創造の為のイノベーションが重要になっていきます。イノベーションを起こす為には、社内に限らず高い専門分野とのコラボレーションが必要となり、他業種や有識者、研究機関、あるいはスタートアップ等々、幅広い関係者との取り組みが増えていくでしょう。そして、スピード感を持って取り組んでいく為には、企業には柔軟性が重要となります。日本の多く企業のヒエラルキー組織は、役割が明確化された効率的な組織ではありますが、柔軟なコラボレーションとスピードには劣る面もあります。ティール組織や、ホラクラシー組織、ネットワーク組織など、様々な取り組みが見られますが、プロジェクトやタスクのフェーズなど、その局面において適切な形がとれる様に柔軟な取り組みができる組織であることが重要です。

Value 価値観の共有
日本の多くのワーカーが働く目的の第1位にあげるのは、賃金です。北欧圏に目を向けると、賃金よりも自己実現や、自己成長、社会貢献などを上位にあげる国も見られます。またミレニアル世代の価値観もそれに近く、日本においても今後変化が見られると思われます。この働く目的は、ライフスタイルにも大きな変化をもたらし、働き方も終身雇用が主流である現在とは異なり、副業や兼業、フリーランス、ボランティアなど、企業とワーカーの関係性も多様化してくる事が考えられます。その為、企業は多くの関係者に対し自社のアイデンティティや価値観を明確に発信し、共有していく事が重要となります。

【イメージイラスト2】
未来のクリエイティブなワークプレイスのイメージ。

Future Creative Workplace
クリエイティブワークプレイス未来予想

ではこの3つのポイントが、ワークプレイスにどの様な影響を与えるのでしょう。ワーカーの専門性が高まり、働く価値観が明確となり、また働き方も多様化していく事は、今以上にワーカーの「個」が強くなっていくことに繋がります。そして企業は個が強くなったワーカーを繋いでいく事が重要となり、「ワークプレイスは、企業と関係する多くの人を繋ぐ役割を担っていくことになる」と考えます。

テクノロジーの進展により、仕事は今以上に便利にスピーディーにどこでも出来るようになっていきます。そして、ワーカーを繋ぐ要素は仕事だけではなく、人間本来の欲求近い要素がワーカー同士の繋がりに必要となっていきます。  例えば、ワークプレイスで直接会って雑談したり、共に何かを創り上げたり、または食事をしたり、遊んだりすることかもしれません。一見、仕事から離れている様に見える行動も、お互いの人間関係を醸成し、信頼を生み出すことに繋がっていきます。未来のワークプレイスでは前述の8つの要素のうち、人間本来の欲求に近い「WELL-BEING 心と身体の健康と幸福」、多くの関係者と企業の価値観を共有する「CORPORATE IDENTITY 企業アイデンティティの発信」社内だけでなく幅広い関係者と繋がる「SOCIALIZATION 幅広い社会との繋がり」の3つがより重要になっていき、他方でICTの進展や、柔軟な組織運営により、個人で行う仕事は場所に縛られることがなくなり、企業のワークプレイスには個人の為の「FOCUS 個人が集中できる環境」は減少していくことになるでしょう。 

【イメージイラスト-2】は、未来のクリエイティブワークプレイスのイメージです。

ワークプレイスの形も一様ではなくなると思います。企業のアイデンティティを表現する形状、あるいは、表現可能なオフィスビルに変化していくと思います。また、社会との繋がり方もワークプレイスの表現や、あるいは立地などにも表れてくるでしょう。オフィスの中に目を向けると、そこには様々な機能が盛り込まれています。色々なコラボレーションが行えるミーティングエリア、オープンラボなどコラボレーション空間のワークプレイスに占める割合は高くなり、ワークプレイスの多くの場が社外の関係者とも繋がれるソーシャルな場へと変化しています。

また仕事以外のコミュニケーションが取れる機能、例えばカフェテリアや、運動できるスペースもあります。食事をしながらコミュニケーションを取る事もあれば、一緒に汗を流す事、あるいは共に何かを創ることもあるでしょう。同じ場で時間を共有することで、無意識にワーカーは多くの情報を引き出し共有し、信頼関係を築いていきます。「未来のクリエイティブなワークプレイスは、ワーカーとワーカーの繋がり、企業とワーカーの繋がりを生み出す場」へと変化していくのではないでしょうか。

Offistyle+

vol.11

アジャイルワーキングの歴史と未来
日本に目を向けるべき時代の到来

〔翻訳:カルダー・コンサルタンツ・ジャパン株式会社 代表取締役 奥錬太郎〕

アジャイル*ワーキング、すなわち、チーム型のワークスタイルは、今日ではデジタルディスラプションや組織を経営環境の変化に素早く対応させる秘訣として語られることが多くなってきている。アジャイル手法は、新たな製品やサービス、ソリューションの開発をより速く、効果的におこなう際に用いられることが多かった。しかし、アジャイルワーキングの概念が日本的な思想を背景としていることはそれ程多く語られてこなかっただろう。このルーツに立ち返ることで、アジャイルワーキングはさらに進化し、より幅広い業種での適用が可能となるはずだ。

(*ここでいうアジャイルは、ソフトウェア開発の現場に広く用いられている「アジャイル・マニフェスト**」におけるワークスタイルと業務プロセスに関するものであり、フレキシブルな企業ワークプレイス形態の説明に用いられる一般的な用語とは異なる点に注意されたい)

【アジャイル・マニフェスト】

私たちは以下の原則に従う:顧客満足を最優先し、価値のあるソフトウェアを早く継続的に提供します。
要求の変更はたとえ開発の後期であっても歓迎します。変化を味方につけることによって、お客様の競争力を引き上げます。
動くソフトウェアを、2-3週間から2-3ヶ月というできるだけ短い時間間隔でリリースします。
ビジネス側の人と開発者は、プロジェクトを通して日々一緒に働かなければなりません。
意欲に満ちた人々を集めてプロジェクトを構成します。環境と支援を与え仕事が無事終わるまで彼らを信頼します。
情報を伝えるもっとも効率的で効果的な方法はフェイス・トゥ・フェイスで話をすることです。
動くソフトウェアこそが進捗の最も重要な尺度です。
アジャイル・プロセスは持続可能な開発を促進します。一定のペースを継続的に維持できるようにしなければなりません。
技術的卓越性と優れた設計に対する不断の注意が機敏さを高めます。
シンプルさ(ムダなく作れる量を最大限にすること)が本質です。
最良のアーキテクチャ・要求・設計は、自己組織的なチームから生み出されます。
チームがもっと効率を高めることができるかを定期的に振り返り、それに基づいて自分たちのやり方を最適に調整します。
出典:http://agilemanifesto.org/iso/ja/principles.html

アジャイルの歴史

職場環境と業務プロセスの最適化により生産効率を高めようとする試みは、約100年近く前より既に行われており、そこでは人間の物理的、感情的、そして社会的なニーズも考慮されていた。1930年代になると、エルトン・メイヨー、ウォルター・シュワート、W.エドワーズ・デミングらの研究結果をベースにしたPlan-Do-Study-Act (PDSA)メソッドを、多くの日本の製造業が使い出した。カイゼン思想を含む有名なトヨタの製造システムは、このムーブメントの一部であり、今日のリーン思考の根幹となったと考えられる。

1980年代と90年代になると、トヨタのような変化の速い革新的なメーカーの研究を経て、ナレッジマネジメントの父と言われる野中郁次郎と竹内弘高により、数本の画期的な論文が発表された。その中でプロダクトデザインと開発プロセスを改善するためのアプローチが明示されたのである。

この二人の著者によって発表されたSECI (Socialisation, Externalisation, Combination, Internalisation)モデルは、知識がどのように組織内で異なるステージを流れるものなのかを解明した。そして、アジャイル手法が手本とした、ナレッジマネジメントにおけるキーコンセプトとなったのである。

二人のアイディアは、アジャイル・マニフェストの基礎になっている。アジャイル・マニフェストは、2001年に17人の「組織アナーキスト」によって提唱されたものだが、今日でも広く知られているアジャイル・ワーキングの原則と価値を定義した。アジャイル・マニフェストの創造者たちは、野中と竹内のラグビー・アプローチを融合させた「スクラム」コンセプトを適用することで、生産性が既存のソフトウェア開発手法の300~400%に増大すると予測した。

インフォーマルな意思疎通と関係性に価値を置く

人は環境によって予測不可能な存在であるという事実に野中は着目した。人は相互に意思疎通をするが、それは各自の置かれている環境に応じて様々な方法を取るという事だ。野中の立つ視点は、西洋文化で一般的に用いられる手法とは好対照をなすものだ。西洋では、自己表現の方法や、どの様に学び、成長するか、といった、測定することが困難な因子を軽視して、汎用可能な一般解を求めがちだ。

システムとプロセスに依存して情報共有と蓄積の効率性にフォーカスを絞り過ぎ、その結果、人間を入れ替え可能な部品のように扱ってしまうと、野中が指摘するように、知識を創造するどころか、社員間の知識の自然な流れを阻害する結果となる。野中の考えは日本の「カイゼン」思想と美しいまでに視点を共有している。そしてまた、アジャイルの実践者たちも、早い時期から同じ考え方を取り入れたのであった。「カイゼン」文化の創造は、ただ単に効率性の追求に留まるものではない。それは、組織の構成メンバーひとりひとりのそれぞれ異なる貢献の上に成り立っている。ワークプレイスに人間性を与えている。つまり、人が育てられ、称賛されるようになるのである。

アジャイルのかつてない台頭

組織戦略に関する議論が明らかにするところでは、今日のリーダーやインフルエンサーたちはますます「人間性」を重視している。これはちょうどアジャイルワーキングを黎明期に支持していた人たちと同様だ。教育の専門家が集まるフォーラムで最も議論されたテーマの中に、無意識の偏見、感情に流された意思決定、創造性の刹那的な側面などを含む、人間心理の非常なる特異性、個別性があった。

個人のそれぞれ異なるニーズが認識されるにつれて、人間中心のワークプレイスという考えに自然と辿り着くことになる。自分に選べる権利があるとわかると、仕事中に人は自分が自分らしくいられるようになり、そして持てる能力を最大限出せるようになる。それは、自分以外の人間を演じる必要なく、安心して自分らしくいることができるからだ。仕事というものは心から没頭できることであるべきで、物理的なスペースの果たす役割も重要である、と彼らは信じているのだ。

カスタマー・エクスペリエンスも同様に変化してきている。サービス業やナレッジベースの業界における顧客は、サービス提供者との密なコミュニケーションとリアルな関係を通して、自分向けにカスタマイズされた最新のものを求める傾向がある。  この種の期待は、一方で、企業にサービスとコミュニケーションを継続的に進化させるプレッシャーを感じさせる。これは終わりなきサイクルで、実際、絶え間なく進化するアジャイル・ワークの手法に求められるものである。

この様にサービス提供者側に負担はあるにせよ、組織を再生したいと考える企業にとっては福音をもたらす。適応性、やダイバーシティ、インクルージョンは、コラボレーションとイノベーションが浸透している環境の重要な特徴のひとつだ。本稿で議論している潮流は、近年進展の目覚ましいAI(人工知能)によって引き起こされる創造的破壊に備える企業にとって、良い道標となるものでもある。

アジャイルな手法に適応する ―最初のステップ

正しく、早く、効率的にビジネスを継続したい企業の多くにとって、アジャイルは将来が約束された道である。製造業やソフトウェア開発において用いられた初期段階から、アジャイルなやり方は広範な業種に拡大してきているのだ。その業種の中には、銀行や小売り、ホスピタリティ、エンターテインメント、その他業種が含まれる。そして、専門家によると、今後どうやらすべての業種、業態に広まりつつあるようなのだ。

適切な環境の中でアジャイルな方法を導入すれば、コラボレーションとイノベーションもまた、業務効率化による影響を大きく超越して、ワークプレイスを様々な側面でエクスペリエンス装置に変え得る可能性がある。そしてそれは、かつてないエンゲージメントレベルの高みに到達することにつながる。(このことは、「Great Place to Work」の様な従業員エンゲージメント・ランキングで、ソフトウェア企業が依然として上位を独占している傾向からも伺える) ただ、アジャイル・ワークの導入にコミットする前に、次のことをチェックすることが重要だ。新しい手法によってもたらさせる新しい思考と行動が、本当にチームのゴールと目的達成の助けとなるだろうか。組織文化を高めることにつながるだろうか。そして、経営戦略に何か利益をもたらしてくれるだろうか。

それでもなお、アジャイル手法は、たとえまだ選択肢を色々と模索している段階であったとしても、一部でも導入する価値があるだろう。そして、時代遅れの考え方で新しい未来を構築しようともがき苦しむ道ではなく、変化を起こす道を進むことが決定された後ならば、尚更だ。知識交流を促進して組織のパフォーマンスを高められる文化的なオフィス環境を創造するという課題は、選択できるソリューションが星の数ほどある複雑な挑戦だ。つまり、アジャイルな手法が非常に適しているのである。

変化を促すアジャイルの原則

野中と彼のチームは、「場(Ba)」という語彙をつくった。知識が生まれ、使いこなされ、そしてまた新たなものの創造に自由に共有される環境や文化を表す概念として。「場(Ba)」は個人と個人、チーム同士、そして組織間の深い関係性や実り多いコラボレーションを育むものである。「場(Ba)」の創造には、インフォーマルな意思疎通や制限されない創造性が有効だが、それは、頑ななプロセス厳守とは正反対のものだ。

情報がゼロの状態から会話を始めてみるのが良いかもしれない。アジャイルな働き方は事前知識があることを前提としない。まずは、チームメンバー全員が集まって、今からやろうとしている課題について各自の知識や経験を共有するところから始まる。このプロセスを経ることの利点は、課題に対する新しい視点があることをチームメンバーに気づかせられることだけではない。チームの団結を強め、これからやろうとしているチームワークのリズムを全員が認識できるようになることこそが、まず最初にメンバーの相互理解を醸成する価値だ。

アジャイル・ワークを上手く取り入れるためには、「直観」の果たす役割にも着目すると良い。エビデンスやデータを慎重に分析して下したはずの意思決定であっても、悲惨な結果となり得ることを我々は既に様々な場面で経験している。一方で、チームメンバーをよく理解しているリーダーが(という点が重要だが、)直観に導かれて下した決断が期待外れの結果となることが実は意外と少ないことも経験済みだ。

アジャイルな働き方に強大な力を与えているのは、タスクや課題に対するベストなアプローチをメンバーが自律的に決められるようになる点だ。そして、状況に応じて異なる業務モデルの間を素早くシームレスに行き来できるのだ。ここには、人が能力を最大限発揮し、社会に貢献するために身につけるべき知恵と知能としての「実践知」の日本的考え方が見え隠れしている。

結果的に、成功するアジャイルの採用には、働き方をデザイン、実行するチームが次のタイミングを明確に知っておくことが必要だ。これまでに確立された手法とターゲットを踏襲すべきタイミングと、フレキシビリティと自由を許容すべきタイミングだ。さらに、創造しようとしているワークプレイスの最も重要な要素から目を離すべきではない、たとえそれがどのように評価、測定できるかわからない場合でも、だ。重要な要素とは何かというと、ソーシャルキャピタルや集合知、知識の自由な流れ、創造力、幸福度、そしてインスピレーション(ひらめき)などのことだ。

アジャイルのサイクル

アジャイルのサイクルは多くのレベルで表出する。社会や業界の潮流といった大きなスケールから、知識創造のサイクルにおける各ステージをアイディアが動いていくルートの様な小さなスケールまで様々だ。また、アジャイル・ワーキングを普遍的なルールで定義しようとするのではなく、社員や顧客の個々のニーズに対応してその方法をカスタマイズしていくのが今日の先駆的な企業のやり方だ。したがって、アジャイルのサイクルは知識創造のステージを進みながら異なる形で現れることになる。

おわりに

今、アジャイル・ワーキングは日本に逆輸入され、新たな働き方とオフィス空間の新しい在り方が実現されるべき時代にあると我々は考えている。それと同時に、日本以外の国々のビジネスリーダーたちにとっては、再び日本の働き方に注目すべき時代がきていると言える。テクノロジー、科学そして人間性をつなげることによって組織全体の成功を達成する方法について、我々が日本人から学ぶべき点は確実に存在しているはずだ。

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